株式会社 五十嵐工務店


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五十嵐工務店の誕生秘話

五十嵐工務店の誕生秘話

弊社は、山形県西田川郡(現鶴岡市)出身の『先代 五十嵐敏』によって、1965年(昭和40年)に有限会社五十嵐工務店として創業致しました。
当時は、住宅建築ラッシュもあって、某大手ハウスメーカーの下請けや分譲住宅の建築が主だったのですが、あるきっかけもあり、昭和58年1月に株式会社 五十嵐工務店として名称変更致しました。
あるきっかけ… というのは、当時のあるお施主様から、追加発注を頂きました。
当然下請け業者として、その件について元請であるハウスメーカーに伝えなければならないのですが、メーカーの担当者が忙しかったのか、直接請負ってよいとのお話があり、見積もりを出した訳です。
その時の住まい手の方の第一声が『こんなに安いのか?』でした。
こう言っては何ですが、日頃メーカーに出している金額よりは若干ですが高く出したそうです。メーカーのメンツを慮ったからです。
一般的には、下請けは価格協力の名の元に叩かれていますし、直接請け負うということは、さらに負うべき責任というものがありますから…。
四方山話の末に、メーカーが大体どの位の割合を乗せているのかわかったそうです。
また、そのハウスメーカーより数々の賞を受ける程の評価を得ながら、一方で年間数十棟の施工実績がありながらも採算の取れない事が多くあり、このままではダメだと感じて、元請の地域工務店として再出発したのです。
疑問というか、何か釈然としない感が芽生えてしまったのですね。
所謂“適正”でないとしたら、お客様に損をさせている事になります。
下請けをしながらも、先代の社長は地域の方からの仕事や商店街の会長としてわが街の発展にも少なからず貢献させて頂いていましたから、そういった関係の方からの声援もあり、元請工務店として再出発した訳です。
最初は大変だったと思いますが、住まいを創るという好きな事を、自分の掲げた信念で、適正な価格と丁寧なこだわりの仕事、そして何より直接住まい手の皆さんの満足を肌で感じる事の歓びがあったと思います。
人間誰しもそうですが、正しい評価をされれば嬉しいですよね?
多くの大工を抱えていましたから技術的には問題が無く、自分たちの掲げた信念で、想いのこもった住まいづくりに邁進していきました。
コスト面も、メーカーに鍛えられましたから。。。
月日は流れて…、
新吉田東にあった会社の土地がほぼ全てに渡って都市計画道路にかかった為、やむなく2003年12月現在の綱島西3丁目に事務所を移転し、倉庫兼お客様仮 住まい用の施設を新吉田東2丁目に新築致しました。これは同じ規模の移転地が見つからなかった為ですが、それを機に、社長に就任致しました。
新吉田という街に拠点を残したのは、永年ご愛顧下さったすぐ近くのお客様に対する気持ちを大切にしたかったからです。
社長就任に伴い、弊社と協力会社による技術者集団『真摯の会』を結成。
建築は様々な業種、多くの職人が携わって一つのもの創りを成すものですから、理想や情熱、プロとしてのこだわりを共有しなければ“良い住まいは出来ない”とのコンセプトから結成したものです。
これは今までの協力業者会とは全く違い、厳しい理想を掲げています。
先代(現会長)は、いきなり『貴方方とは一切妥協しない』と言い放ち、私も家づくりに対する“想い”をみんなに語って、賛同・共感して頂ける方と結成したのです。新規の業者さんが来ても、このルールに則っています。
今まで通りやっていって、私の言葉に何も感じないならばそれもよし。
工務店は星の数ほどありますから、業者さんにとっては様々な選択肢があるはずです。
それにも関わらず、この真摯の会に入っているのは、やはりプロとしての自覚、プライドを持っていて、お客様との出会いや仕事に感謝しつつ、腕によりをかけて仕事に臨む充実感があるからだと思います。
もしかすると、その力を存分に発揮できる場所を求めているという事かもしれません。
一つの仕事を、携わる全ての者が同じベクトルを向いて家を創っていく。。。
地域密着工務店の存在意義は、正に此処にあるのではないでしょうか?
『人の心の琴線に触れる仕事をしたい』
家づくりという素晴らしい仕事、言わば天職だからこそ愚直にこだわるのです。
住まい手の描く価値と創り手の示す価値は、本来同じはずなのですから…。